大判例

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熊本地方裁判所御船支部 事件番号不詳 判決

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は被告は原告に対し、別紙目録記載の不動産に付、昭和八年十月五日、熊本地方法務局堅志田出張所受附第三七七九号を以てなした、同月三日附売買による所有権移転登記の抹消登記手続をなせ、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求め、その請求の原因として、原告会社は、昭和三年六月二十日、訴外亡渡辺秀夫が経営していた個人商店を組織を変更して設立された、資本金十万円、一株の価格金二十円、株数五千株の株式会社で、言はば同人の個人会社の如きものであり、その株式の過半数は同人が所有し、他の株主、役員はいずれも、個人商店天野屋時代の番頭、その他の縁故者ばかりであつた。

所が同人は躁鬱病にかかつた為、昭和四年頃、後事は、番頭である原告会社取締役亡西住三作に任せて郷里甲佐町から、鎌倉市〓子の別荘に移転したが、昭和六年頃、東京都内に於て、おでんや「奴」の女将と駈落したので右「奴」の主人長谷川太郎の甥で、その用心棒をしていた被告が慰藉料請求に来り、甲佐町緑川旅館に投宿し、番頭西住三作を呼びつけ、声高く、前記秀夫の行動を非難するので同人も外聞を憚り、被告を、右秀夫家に伴い、以来、被告は、同家に寄食するに至つた。

その後、昭和八年に亘り、原告会社は、財政窮迫して、債権者より差押をうける虞れがあり、番頭西住三作は之に付憂慮していた所、被告は、同人に対し言葉巧みに、右差押を免れ、原告会社の財産を保全するには、その財産を、被告名義に移す以外には方法がなく、その事はとりも直さず、主人に対する忠義であると説いたので、同人も、遂に、之に耳を傾け、その保管にかかる、前記渡辺秀夫の印鑑を冒用して同年十月五日別紙目録記載の不動産の外四棟の家屋(天野屋の家屋全部)を、同年十月三日に売渡した旨の仮装の売買名義による所有権移転登記をなした。

以上の次第で、被告への前記所有権移転登記は、いずれも原因を欠く無効のもので、単に、財産を信託したにすぎないものであり、仮に、然らずとするも、被告は、亡渡辺秀夫の信託を得て原告会社の負債整理に従事している中、その信託を裏切り僅か三千円の立替をなした事に藉口し(右立替の事実は、原告として認めるわけには行かないが、仮に、立替があつたとしても)、同人の窮迫及び躁鬱病に乗じ、売買名義に名をかり立替金の数倍に相当する本件不動産を取得したのは暴利行為であつて、公序良俗違反であるは勿論、信義誠実の原則にも反する行為として無効であるから、右移転登記の抹消並びに、前記各不動産の返還を請求すべき所、右西住三作は昭和九年四月頃死亡し、その他の原告会社の役員も殆ど死亡、前記渡辺秀夫も、遂に昭和十九年九月死亡したが、同人の長男渡辺護は之より先昭和十六年十二月二十五日戦死し、次男渡辺譲は昭和十九年十月二十五日、戦死し、後に残された、次女淑子、三女栄子も、当時東京都に在住し、且病身である為、本件不動産の返還請求も意に任せずそのままに放置されていた所、昭和二十七年四月十三日の株主総会に於て、取締役代表取締役を選任したので、本訴請求に及んだ次第であるが、右、昭和二十七年四月十三日の株主総会決議は無効である事が判明し、熊本地方裁判所御船支部、昭和三一年(ワ)第七号事件の確定判決により、右決議の無効は確定されたので、次で昭和三十二年二月二十三日、同支部の昭和三十年十一月二十八日附決定により選任された職務代行者三浦末喜の招集により開会された株主総会に於て、取締役、代表取締役が選任され、右選任された代表取締役に於て、従前の本訴に於る原告側の訴訟行為一切を追認したので、従前の訴訟行為のかしは右追認によつて治癒されたものである、と述べ

時効取得の抗弁を否認し、被告は占有の始、悪意であつたから、時効完成には二十年を要すると答えた。

(立証省略)

被告は請求棄却の判決を求め、答弁として、原告会社が個人営業の天野屋商店を改組した、資本金十万円、一株の価格金二十円、株式数五千株の株式会社であつてその持株の過半数が、元、天野屋当主亡渡辺秀夫の所有であり、その他の株主も、右個人営業時代の天野屋の縁故者である事、同人か、昭和四年頃、鎌倉市〓子に転居した事、及び、被告が、昭和八年十月五日、原告会社の所有であつた、本件不動産等に付、売買を原因とする所有権移転登記を受けた事、並びに、右渡辺秀夫、その他の原告会社役員がその主張の頃相次で死亡し、右渡辺秀夫の長男、次男も戦死し、原告会社に役員が存在しない様になつた事は認めるが、その余の主張事実は凡て否認する。原告会社が設立された当時、亡渡辺秀夫の個人営業であつた天野屋商店は、実質的に破算状態にあり、株主二十三名の協力を求めて会社を設立したもので、原告会社は、決して同人の個人会社ではなく、又、同人が、〓子に転居したのは原告主張の様に、病気の為ではなく、同人の負債整理の為には、同人が甲佐町に居住していない方が好都合であつたからにすぎない。

被告は昭和五年頃、甲佐町に来り、別に職に就く事もなく、同人の負債整理の世話をなしていたが、同年から、昭和七年迄の内にその債務(即ち、個人商店天野屋の債務)の中、電気料八百円、家屋税数百円、町民税約千円、県税、国税合計約千円、酒造税残、等、総計三千四百円を立替えたので前記渡辺秀夫、及び、同人不在中、甲佐町に於ける、原告会社の総支配人的立場にあつた、訴外西住三作(原告会社の取締役をなしていた)被告話合の上、被告の負債整理に対する尽力に対する謝礼の意味と財産保全の意味も含め、右西住三作との契約で本件不動産を金三千円で被告に売渡す事とし、代金には前記立替金三千四百円を充てる事としたものであつて、右の売買は、決して、原告の主張する様な仮装のものではないし、被告は右立替金三千四百円の中、三千円は叔父長谷川太郎から、預つていた金を濫用した関係で、後に、同人の為に被告名義となつた本件不動産に抵当権を設定した位で売買は真実行われたものである。

且、右西住三作は、原告会社の総支配人的立場にあり、数十町歩による原告会社渡辺秀夫等の財産を整理した本人であり、本件売買を無効というなら、右各整理も凡て無効となる外はないであろうが、之らは単に無効として片づけられる問題ではない。

又仮に、同人に原告会社を代理する権限がなかつたとしても同人に於て、右の様に原告会社の財産を整理していたのであるから、本件の売買は表見代理人の行為として有効であると答え、

抗弁として、原告会社の役員が相次で死亡した事は原告の主張する通りであり、原告会社代表取締役と称する松本日出武は昭和二十七年四月十三日の株主総会に於て代表取締役に選任されたので本訴に及んだ旨主張するが、右株主総会なるものは招集権者の招集によらない総会であつて総会そのものが存在しないものというべくその決議なるものも又存在せず、形式上残存する右決議は絶対無効というの外はないし原告も後に至り、之が無効であることを認め、訴訟によつて之が無効なることを確認した上昭和三十二年二月二十三日招集された株主総会に於て、更めて前記松本日出武を代表取締役に選任しているが右株主総会も適式の株主名簿にもとずき株主を招集して開かれたものではなく、単に株主と称する者が集つて株主総会なる形の下に同人を代表取締役に選任する旨の決議をなしたというに止るものであるから、右決議は存在しないものというべく、その意味において絶対的に無効である。

しかも右総会が適式の株主名簿にもとづき株主を招集した上開かれたものでない事は、原告訴訟代理人自身被告に対し本件口頭弁論期日に於て、原告会社定款、株主名簿等を所持しているか否かを問うた事によつても明らかである。

最後に以上の抗弁が凡て理由がないとしても被告は本件不動産を買受け昭和八年十月五日その旨の登記をなして以来所有の意思をもつて平穏公然善意無過失に之を占有してきたのであるから、同日から十年経過した昭和十八年十月五日その所有権を取得したと述べた。

(立証省略)

目録

上益城郡甲佐町岩下字東園九十六、九十七番ニアル建物甲号

一、木造瓦葺二階造下家附本家壱棟

建坪百四拾四坪五合

外二階五拾七坪弐合五勺

同番ニアル附属建物甲号の弐

一、木造瓦葺平家造糀室壱棟

建坪八坪

同番地ニアル附属建物甲号の六

一、木造瓦葺平家造下家附水車建物壱棟

建坪拾八坪

同番地ニアル附属建物甲号の七

一、本造瓦葺弐階建下家附隠宅壱棟

建坪拾弐坪弐合五勺

外弐階坪拾坪七合五勺

同番地ニアル附属建物甲号の八

一、木造瓦葺平家造物置土蔵壱棟

建坪六坪

同番地ニアル附属建物甲号の九

一、木造瓦葺平家造釜屋壱棟

建坪拾弐坪造作ナシ

同番地ニナル附属建物甲号の拾

一、木造瓦葺弐階造下家附酒類置場壱棟

建坪弐拾坪

外弐階拾壱坪五合

同番地ニアル附属建物甲号の拾壱

一、木造瓦葺弐階造下家附隠居一棟

建坪拾坪

外二階坪六坪

決定

熊本県上益城郡甲佐町岩下一六〇番地

申請人 松本淑子

右代理人弁護士 川野浩

右申請にかかる昭和三五年(ウ)第一号特別代理人選任申請事件につき当裁判所はその申請を理由ありと認め左のとおり決定する。

主文

申請人より当庁昭和三三年(ネ)第三〇二号所有権移転登記抹消登記手続請求控訴事件につき、熊本県上益城郡甲佐町岩下一六〇番地松本日出武を控訴人株式会社天野屋商店の特別代理人に選任する。

昭和三五年四月二七日

福岡高等裁判所第二民事部

裁判長裁判官 鹿島重夫

裁判官 秦亘

裁判官 山本茂

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